秘書コンピテンシーモデル設計 〜ジョブ型人事制度への対応

今から遡ること8年前、「秘書コンピテンシーモデル」の企業様への導入・運用支援を始めました。「秘書コンピテンシーモデル」とは、秘書専門コンピテンシーモデル、つまり、秘書職に特化したコンピテンシーモデルを意味します。
昨今、ジョブ型人事制度への対応として、秘書コンピテンシーモデルの導入・運用に関するご相談が増えています。
コンピテンシーとは、高い成果を出し続ける人に共通する「思考・判断・行動の特性」を抽出したものです。言い換えれば、「なぜその人は成果を出せるのか」という問いに対する再現性の高い答えです。そして、それらを構造化したものがコンピテンシーモデルです。
秘書コンピテンシーモデルの開示は、秘書の自律的な成長を促す
優秀な秘書人材は、単にスキルが高いではなく、状況の捉え方、視座の高さ、優先順位のつけ方、判断の基準、初対面の人との距離の取り方、コミュニケーションの取り方、周囲との関係構築の仕方など “見えにくい部分”において、特有のパターンを持っています。それらが、成果を生み出している本質的な要因です。
秘書コンピテンシーモデルとは、まさにこの“見えにくい部分”を可視化します。
すなわち、「優秀な秘書が何を考え、どのように状況を捉え、どのタイミングでどのような判断を行い、どのような行動につなげているのか」を丁寧に言語化し、誰もが理解できる形に落とし込んだ設計図です。
秘書・管理職・役員の方々3者が、「秘書コンピテンシーモデル」を共有できたとしたら、どんな世界が待っているでしょうか?
私が現役秘書として勤務した企業は外資系企業でしたので、ジョブ型人事制度のもと勤務していました。秘書職にやりがいを感じながら働き、秘書職のキャリアの階段を登ることができたのは、一人で力を振り絞ってがむしゃらに頑張ったからではありません。
どこに向かっていけばいいのか、そのためには何をどうしていくといいのか、という”羅針盤”があったからです。つまり、すでに職場・企業内に「秘書が自立的に成長できる”仕組み”」があり、また、その”仕組み”をきちんと運用していく”環境”があったからです。
秘書1年目はうまくいかないことばかりで、「秘書に向いていないのかな・・・」と悩みが深まる日々でしたが、そんな私を救ってくれたのは、秘書職にとって”羅針盤” となる、企業が有する書類・資料であり、そのうちの1つの資料が、秘書コンピテンシーでした。
後に、複数の外資系企業での勤務経験から、企業によって「秘書コンピテンシーモデル」は”異なる”ということを知りました。
その後、某外資系企業の本社には秘書コンピテンシーモデルが活用されていましたが、まだ日本支社には導入されていなかったため、人事制度との整合性をとりながら、人事部の方々や上司の協力を得て、秘書コンピテンシーモデルの導入・運用を実施しました。
これまでの日本の秘書教育は、「業務を正確に遂行できること」に重点が置かれてきました。電話応対、来客対応、スケジュール管理、文書作成――これらの業務をミスなく、効率よくこなすことが評価の中心でした。
AI・ジョブ型時代において、このアプローチには限界があると思いませんか?
私は、日本企業における秘書職には大きな可能性があると考えています。その理由は多数ありますが、その1つの理由は、企業内にとても豊かな「暗黙知」が存在することです。
ですが、これまでそれらは、「暗黙知」として扱われてきたため、表立って共通認識として捉えられてきませんでした。
「なんとなくこういうふうにするのが良い塩梅だから」「先輩秘書の仕事のやり方を踏襲したほうが良さそうだから」「みんながやっているからそうしておいたほうが良さそうだから」などという理由で、”(自身の考えや判断は心に溜めておき)その場の空気を最大限に読むことができる”ことが「秘書の美徳」である、という風潮はないでしょうか。
そのような風潮が長く続いてきたことにより、秘書の職業価値を認識しづらくなったのかもしれません。しかし、一方で、ポジティブな側面もあります。それは、キラリと光る各々の企業様における独自の暗黙知は、AIには真似できないということです。
テクノロジーが進化し、AI化が加速していくと、これまで人が行っていた業務は益々自動化されていきます。ですが、キラリと光る各々の企業における独自の暗黙知は、その限りではありません。
これまで多くの秘書室長や人事部管理職の方々、そして、秘書の方々との会話ややり取りのなかで、豊かな「暗黙知」に触れることで心を打たれ、感動したことが度々あります。
「暗黙知」には、個々の企業様特有の”宝物のような暗黙知”が潜んでいます。
その”宝物のような暗黙知”こそが、秘書室や企業で働く秘書の皆様の競争優位性を高める重要なものです。そのため、秘書職の再設計において、それらを可能な限り見出し、大切にしながら言語化支援を行なっています。
ハイブリッド型人事制度への移行において、「言語化」というプロセスが必要になります。言語化することにより、初めて可視化が可能になります。
秘書コンピテンシーモデルの設計は、そのための第一歩として有益です。自社に最適な秘書コンピテンシーモデルが完成するだけでなく、設計段階での議論の積み重ねにより、自社の強みや課題がより一層浮き彫りになり、今後の道筋がより明確に見えてくるからです。
秘書コンピテンシーモデルが設計され構築し終えると、組織として”共有可能な形”になり、可視化が可能になります。関係者の誰もが同じ資料を目にしながら、同じ土俵で、話し合いや議論をすることができるようになるのです。共通言語を持つようになると言っても過言ではありません。
また、それにより、初めて秘書人材育成に“再現性”を持ち始めます。
秘書コンピテンシーモデルの設計は、秘書という職種を「経験や属人性に依存した職種」から、「構造化された専門職」へと進化させるための基盤づくりなのです。
著者プロフィール

エグゼクティブサポート代表
能町 光香(のうまち みつか)
⻘山学院大学、クイーンズランド大学、京都大学大学院卒業。商社勤務後、シーメンス人事部を経て留学。その後10年間、外資系企業でエグゼクティブ・アシスタント兼通訳者として経営層を補佐。2012年に独立し「日本秘書アカデミー」を設立。秘書育成と経営支援の実績を活かし、組織開発・人材育成コンサルティングを展開。2025年より「エグゼクティブサポート」として経営層の包括支援を行う。
