秘書職への無意識の思い込み

日本企業における秘書職は、戦後の高度経済成長期から現在に至るまで、組織の発展とともに独自の位置づけを形成してきました。
その進化は十分に言語化・制度化されることなく、慣習や文化の中に埋もれたままになっていました。しかし、AI・ジョブ型時代を迎え、大きく舵を切ることが求められます。
秘書職は組織に不可欠な存在でありながら、その役割は曖昧なまま運用され、「何をしているのかは分かりにくいが、いないと困る存在」として扱われてきました。この曖昧さこそが、秘書職の価値を正当に評価できない構造を生み出してきました。
その背景にあるのが、「無意識の思い込み=アンコンシャスバイアス」です。これは個人の偏見というよりも、長年にわたり組織の中で共有されてきた“前提”であり、疑われることなく”再生産されてきた認識の枠組み”です。
例えば、このような無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)はないでしょうか。
秘書は「誰にでもできる仕事」であるというバイアス
秘書の主な業務として、スケジュール調整や来客対応などが表層的に見えやすいため、専門性が軽視されているように見受けられやすい傾向にあります。しかし、実際には高度な判断力・優先順位付け・関係調整能力が求められます。
秘書業務は「気配りが最重要である仕事」であるというバイアス
秘書職に就く人は、”スキル”というよりはむしろ“人柄”や“性格”に依存する仕事だと見なされる傾向にあります。そのため、秘書職の評価基準が曖昧になります。また、秘書の育成が難しく、また、秘書業務の再現性が確立が困難な状況にあります。
よく耳にするのは、「雰囲気のいい人」「周囲とうまくやってくれそうな人」「気遣いができそうな人」を採用したという声です。言い換えると、日本社会における「なんとなく秘書っぽい人」を採用したことになります。
秘書は「成果が見えにくい=評価しにくい」というバイアス
秘書業務は、数値化しにくい業務であるため、評価対象として軽視される傾向にあります。しかし実際には、意思決定の質やスピードに大きく影響しているため、”見える化”を行い、評価軸を明確にしておく必要があります。
これらのバイアスに共通しているのは、秘書職を“業務”で捉え、“機能”で捉えていないことです。秘書を単なる作業の集合として見る限り、その価値は限定され続けてしまいます。
上記は、秘書職に関する無数の「無意識の思い込み=アンコンシャスバイアス」のうちの数例に過ぎません。
アンコンシャスバイアスは、どのようにして醸成されるのでしょうか。
言説が現実をつくる
ミシェル・フーコー(フランスの哲学者、1926-1984) は、現実なんて存在しないと言います。前言説的な実態は存在しない、言説の前に言説におかされていない現実があり、言説がそれを歪めている。
要するに、すべてのものは言説によって つまり、パフォーマティビティ(どのようにパフォーマンスするのか)によって現実になる、という意味です。
私は大学院に在籍していた時に、ミシェル・フーコーの「言説が現実をつくる」という思想に初めて触れましたが、真っ先に、秘書職のことを思い浮かべました。
秘書職に置き換えて考えてみましょう。
現在の御社の秘書像は、どのような言説によりつくられてきたのでしょうか。
秘書職に対してどのようなイメージをもっているのか、秘書職に対する経営層の認知はどのようなものなのか、秘書職に対する社員の認知はどうなっているのか、について想像してみることから始めるといいでしょう。
例えば、某企業様でこのようなことが起きていました。
ある時、引き継ぎを受けている後輩秘書は、先輩秘書から「これは秘書の仕事ではないから、やらなくていいわ」と言われ、後輩秘書はやるべき業務だと思っていても、先輩秘書の言説により「その業務はやらなくていいもの」として認識した結果、「やらない」という行動の選択をしました。ですが、他部署では、秘書が行う業務であり、実際に秘書がその業務を担っていたいう現実が存在していました。
人は次第に言説に合わせるようになり、「言説通りの役割」を担い立ち振る舞うようになる
秘書の価値を引き上げる第一歩は、制度改革を行う前に、私たちが無意識に使っている「言葉=言説」を変える・更新することです。言葉は認識を生み出し、認識は仕組みや制度をつくり、制度は行動を規定します。社内でどのような言葉が紡ぎ出され続けてきたのか、それらの言説が、御社の現行の秘書室や秘書メンバーに大きな影響を与えています。
「言説」が変われば、秘書の「現実」が変わります。
秘書の「現実」が変わると、役員など経営層の「現実」も変わります。秘書の価値が変わると、経営層の意思決定の質にも変化が生まれる未来へと向かいます。
そのためには、「言説」を変えること、更新すること。それは、秘書の現実を変える最も静かで、しかし、確実な変革の起点なのです。
本年度も、秘書ウィーク、そして、秘書の日を迎え終えました。2026年の秘書の日、第1回秘書勉強会・懇親会にご参加頂いた皆様、誠にありがとうございました。私にとって、大変想い出深い1日となりました。
2027年の秘書の日は、4月28日(水)になります。
日本社会にて、秘書の日(正式名称:Administrative Professionals Day)が、より多くの方々に認知されていきますように。
著者プロフィール

エグゼクティブサポート代表
能町 光香(のうまち みつか)
⻘山学院大学、クイーンズランド大学、京都大学大学院卒業。商社勤務後、シーメンス人事部を経て留学。その後10年間、外資系企業でエグゼクティブ・アシスタント兼通訳者として経営層を補佐。2012年に独立し「日本秘書アカデミー」を設立。秘書育成と経営支援の実績を活かし、組織開発・人材育成コンサルティングを展開。2025年より「エグゼクティブサポート」として経営層の包括支援を行う。
